「三方よし」の本質を知り、不変の企業基盤を手に入れる体験学習

近江日野商人のビジネスと「陰徳善事」を学ぶ旅 ~滋賀県日野町で行われる体験学習~


近年、企業のコンプライアンス(法令順守)違反が問題となる中、「三方よし」などで知られる近江商人の経営思想を再度学んでいこういう動きが広まってきています。

多くの起業家を輩出している近江商人。近江商人のひとりである伊藤忠商事の初代忠兵衛氏も、出身地である近江の商人の経営哲学「三方よし」の精神を事業の基盤としていました。「三方よし」は、「売り手よし」「買い手よし」に加えて、幕藩時代に、近江商人がその出先で地域の経済に貢献し、「世間よし」として経済活動が許されたことに起こりがあり、「企業はマルチステークホルダーとの間でバランスの取れたビジネスを行うべきである」とする現代CSRの源流ともいえるものです。

滋賀県蒲生郡日野町にある“近江日野商人館”では、四百年におよぶ近江日野商人の歴史と商法を紹介しています。

本研修では、ライフワークとして近江日野商人の研究をされている近江日野商人館館長の満田館長より、近江日野商人の歴史・文化について分かりやすく解説をいただけます。

体験学習というと何かしらのアクティビティを想像される方が多いと思われますが、滋賀県日野町で行われている体験学習は一味違い、歴史、文化を体験する学習です。

どのような体験学習が行われているのかご紹介します。

歴史と文化が残る建物の中で、近江日野商人の美意識を知る


JR米原駅からバスに乗り、約1時間。のどかな田園風景が続く中、ところどころに近代的な工場を目にしながら到着したのは、近江日野商人「ふるさと館」旧山中正吉邸。こちらは平成27年、滋賀県蒲生郡日野町の有形文化財に指定された建物で、町の歴史や文化を保存・活用する場として、近隣の住民や観光客に親しまれています。

ちょうど現在(2月末)では「日野ひなまつり紀行」が開催され、各家庭ではこの町独特の道路に面した窓「桟敷窓」にひな人形を飾り、道行く人の目を楽しませています。近江日野商人「ふるさと館」旧山中正吉邸にも、愛らしいひな人形が飾られ、華やいだ雰囲気。館内では、毎年5月に開催される馬見岡綿向(うまみおかわたむき)神社の例祭、日野祭で演奏されるお囃子が鳴り響き、活気のある音とリズムが、訪れる人の心を沸き立たせます。

旧山中正吉邸は江戸時代末期に建設され、昭和13年頃に全面改装されました。邸内には和の趣きを感じさせる絵画や調度品のほか、昭和初期には珍しいシャワー付きの浴室もあり、当主の幅広い文化への関心がうかがえます。案内に従い、ふすまの引手に目をやると、そこには引手と同じ色の、黒い七宝焼きが嵌められていました。目立つところは質素に見せ、目立たないところにお金をかけるのが、近江日野商人の美意識です。欄間の彫刻や格子の意匠など、注意深く見れば見るほど、さりげない遊び心が随所に発見できます。

 

 

三方よし~売り手良し、買い手よし、世間良し、の精神で知られる近江商人の中でも、特に知られているのが、八幡商人と日野商人です。しかし、両者の商いの手法には違いがあります。都市部で大型店を経営していた八幡商人に対し、日野商人は農村や地方へ行商しては、現地で小さま店を出店してさらに支店を増やす、いわばチェーン店方式を採用していました。初代正吉も、薬の行商で財を成した後、静岡県富士宮市で酒造業を開始。酒や日用品のほか、醤油や味噌などを製造販売して、次々と店舗を増やしていきました。

※館内には全国から収集した貴重な資料が展示されています。

単身赴任で留守がちな夫の代わりに、近江の本宅で働く従業員を教育するのは妻の役目。館内には四代目の妻、園子が愛したというだるまが多数飾られていましたが、園子は「心をたるまさんように、しっかりとおきばりやす!」との言葉とともに、だるまの絵を描いた色紙を従業員に贈っていたと伝えられています。

「自由な農民」が特産物の新しいマーケットを発見した


近江日野商人館は、近江日野商人・山中兵右衛門家の本宅を活用した施設で、400年に及ぶ近江日野商人の歴史と商法を紹介しています。日野町は自治の気風を持ち、その背景には近江日野商人の文化があること。農業、商業、工業がバランスよく調和した町です。

本研修の一番のおすすめの館長の満田良順氏による講義。「近江日野商人は、実は商人ではなく農民なんです」という意外な事実から、歴史が語られました。

日野と八幡は、江戸幕府の直轄領であることなどを理由に、農民には比較的自由が認められていました。そのため農閑期には、いわばアルバイトとして物を売ることが黙認され、日野の農民たちは特産物の漆器・日野椀を、関東まで売りに行くようになりました。当時、関東の農村では衛生的な食器を手に入れるのが難しかったため、丈夫で日常使いに適した日野椀を持っていくと、とても喜ばれました。こうして新たなマーケットを発見した彼らは、お椀の材料である木材を、山あいの地域から調達する仕組みを構築して、国内外の村々に下請け先を開拓。日野椀を大量に作っては行商に出かけ、商人としての才覚を発揮するようになったのです。

その後、「萬病感應丸(まんびょうかんのうがん)」を代表とする合薬(あわせぐすり)も、日野の特産物として知られるようになり、薬の行商も盛んになりました。さらに行商先で、酒造業や調味料の製造販売にも手を広げ、小規模・多角経営のビジネススタイルを確立。表向きの身分は「農民」のまま、彼らの「商人」としての名声は揺るぎないものとなりました。

先進的なビジネスモデルと社会奉仕の精神が共存


全国の取次販売店で合薬を販売する、今日のフランチャイズ方式に当たる事業形態や、地域の特産物を別の地域で高く売る「産物廻し」による需要・供給の操作など、事業拡大とともに、近江日野商人の販売手法は洗練されていきました。現在の合資会社にあたる「乗合商い」や複式簿記の採用、民主的な商人組合「日野大当番仲間」の結成など、経営や会計、業者間のネットワーク形成においても、先進的な取り組みが行われていたことを知り、その才知と活力に、目を見張ります。

一方で近江日野商人は、江戸時代の思想家・石田梅岩(いしだばいがん)の教えに基づいた家訓や経営理念を持ち、目立たないように善行を施す「陰徳善事(いんとくぜんじ)」の精神を大切にしていたといいます。質素倹約を旨とし、米相場など投機的な商いは固く禁じ、景気が悪化した時には、本家の改築や修理を行う「お助け普請」によって、近隣に仕事を提供する。その姿勢には、現在の公共事業やCSR(企業の社会的責任)に通じるものが感じられます。

これらの商道徳は、優れた思想に支えられているのも事実でしょうが、長年の商いの中で、数々の失敗と成功を繰り返しながら、商人たちが経験から身につけたものでもあるでしょう。館内に展示されている掟書には、「米相場に手を出した者は、生まれ変わっても許さない」という意味の戒めが記されていますが、「きっと、相場に手を出して失敗した人がいたんですよ」と満田館長。厳しい言葉の裏には、子孫が同じような目に合わないでほしいという、先人の切実な願いが込められているのかもしれません。

商いのセンスと行動力を併せ持ち、時代を先取りしたビジネスモデルを構築した近江日野商人ですが、「宝暦の大火」と呼ばれる大火事で、彼らに関する資料はほとんど失われてしまいました。しかし、満田館長をはじめとする近江日野商人館のスタッフにより、各地に残った資料が集積され、研究が進んでいます。館長自らの言葉で、貴重な研究の成果を解説していただきましたが、その巧みな話術に引き込まれ、参加者一同、熱心に耳を傾けていました。

近江日野商人館でみることができる貴重な資料

「慎み」十か条

日野商人個々の商いの方針は、家訓として伝えられています。子々孫々までもの繁栄を願って作成された家訓は、現代にも通じる内容をもっています。

・社会奉仕の実践を

・小口のお得意ほど大切に

・一攫千金をねらうな

・偽装をするな

・薄利多売の商いを など

 

二宮金治郎自筆の領収書

山中兵右衛門が寄進

まとめ 歴史を通して普遍的な価値に触れ「問い」を持ち帰る旅


マネジメント、マーケティング、CSRなど、とかく横文字が使われがちなビジネスの世界ですが、近江日野商人は、現代、そして未来にも通用する理念や手法を、江戸時代に既に持っていた。その事実に敬意の念を抱きます。講義が行われた近江日野商人館には、中国・東南アジアから伝わったとされる薬の原料や、明治から大正時代にかけて国内で醸造されたワインも展示され、商人たちが新しい文化を貪欲に取り入れていたことがわかります。対して、この地でツアーに参加した私たちは、歴史の中に残された普遍的な価値に触れ、自身への「問い」を持ち帰ったのではないでしょうか。

日々のルーティンワークや情報の洪水の中で、つい忘れがちになってしまう「考える」という行為は、日常から離れた空間でこそ深く掘り下げることができますし、その先には、自社の経営課題や地域・社会の問題を照らす、新たな気づきもあるでしょう。

古い町並みが、今も住民の手によって保全されている日野町からの帰り道、参加したみなさんは、何を記憶に残したでしょうか。現地を訪ね、五感で受け取った情報を自由に解釈してみれば、欲しい答えはきっと見つかるでしょう。

研修参加者の声


  • 「三方よし」が会社の理念に掲げられているのですが、正直、「三方よし」について、何も知らなかったです。今回の研修で「三方よし」についてのルーツを知ることができました。本当に参加できてよかったです
  • 厳しい経営環境の中で、地域商人レベルで共同してビジネスの仕組みを作り、商売道を共有化して、ブランドをつくっていった有様を学べた。現代経営の中で、各企業単位で進める競争経済が、それでいいのか。改めて考えなおす機会ができました
  • 農業出身の商人だからこその経営理念。 ”三方よし”の実践が素晴らしいと思います。 ※経営者に向いていると思う。ただ、現在の経営にも生きている例もあるとさらにいいと思います。
  • 歴史が作られたものであったことにびっくりした。(蒲生氏郷のくだり) この狭いエリアの人たちが全国、特に関東に広く広まっていったことに驚いた。(過去行田市の作り酒屋に見学に行き、そこで近江商人のルーツがあると知った。両方を見ることですごく理解が深まった)
  • 今も昔も、理念、行動指針は不変だということ
  • 満田館長の話はとても興味深かったです。お話を聞くだけでなく、その後のワークショップでテーマをもってグループワークを行うなどのプログラムが有意義でした
  • 「陰徳善事」の考えに基づき、大きな組織として商人をまとめていたこと
  • 現代のビジネスモデルがすでに存在していたことが印象的 ~温故知新の良い例
  • 日野商人の発展は、平和な時代にこそなしえられた 平民(農民)へのチャンスを最大限の努力とアイディア 日々の戒めをもって行動した結果であることがわかりました
  • 「近江商人」勘違いしていました。 素晴らしいシステムだと思います

運営組織


地域と密着した活動を行い体験交流を促進している一般社団法人近江日野交流ネットワークと、企業研修のノウハウを組み合わせた弊社によって運営しています。

一般のお客様も企業研修としても、安心して研修受講していただけます。

一般社団法人近江日野交流ネットワークご担当様福本さんの声

体験学習を通して、都会も田舎も、豊かな人がはぐくまれる地域づくりをしていきたいと思っています。滋賀県日野町から輩出された誇るべき近江日野商人について伝えることはもちろんですが、地域に生きる人々との交流を通して、豊かさの本質に気づいていただける体験学習を提供し続けていきます。「何が豊かさなのか?物的な消費をすることが豊かさか?」近江日野商人の商習慣には「売り手よし 買い手よし世間よし」の「三方よし」教えのルーツがあります。この教えの基礎は、「陰徳善事」=人知れず善行を行う・・・。

近江商人の社会貢献は幅広く行われていますが、寄付をする場合は、自分だけ寄付をするのではなく、周囲のみんなと一緒に行う。個人が目立つ活動をすることを嫌いました。利己主義が行き過ぎている現代社会に求められる、自分を支えてもらい、人を支え、社会を支える、という大切な教えを次代に引継ぎ、真に豊かな社会づくりに貢献させていただけるような活動を、と日々試行錯誤しながら取り組んでいます。

 

参加実績企業


  • 山商株式会社
  • 株式会社コーヤマ
  • ハンズフリーシステムズ株式会社
  • 一般社団法人ビジネス心理研究所
  • 株式会社シニア経理財務
  • 株式会社フジタプランニング
  • 株式会社アルファーアソシエーツ
  • 株式会社エクレール
  • 株式会社光と風の研究所
  • 東京中小企業家同友会
  • 代表世話人株式会社
  • 株式会社ストリートスマート
  • 株式会社WOW GROUP
  • グッドマネジメント総合研究所
  • 株式会社ソビア
  • 株式会社FCS
  • 株式会社ブレイン・サプライ
  • 株式会社エスネットワークス
  • 株式会社エイブルワーク

 

▮ 参加者の声はこちらです

→  https://bs-story.co.jp/topics/region-design/questionnaire-sanpouyoshi